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「金融日記」藤沢数希氏の「過剰円安」説の虚を暴く。


昨年末からすさまじい勢いで円安ドル高が進んでいる。
野田前首相が解散を発表した2011年11月中旬は1ドル=79円台だったが、いまでは1ドル=92円台にまで円安が進んだ。

「デフレと円高に苦しむ日本経済」という常識的な見方をすれば、円安は景気回復が期待できるうれしいトレンドだ。
ところがどっこい「現在の円安は行き過ぎである」というトンデモ経済記事がネットで注目を集めていた。
現在の円安は行き過ぎである : アゴラ - ライブドアブログ
しかもこのトンデモ記事を書いたのが、為替のプロである「金融日記」のアルファブロガー・藤沢数希氏だと知り二重に驚いた。

調べてみると、以前から藤沢数希氏は「円高・円安」関連のインチキ記事を書き続けていたようだ。
まず藤沢数希氏が主張する「過剰円安」説のトリックを暴こう。
そして「なぜ藤沢数希氏は円高アジテーションするのか?」という疑問を、金銭的インセンティブと藤沢数希氏の経済思想の両面から考察する。

「過剰円安」説はホント?ウソ?

「現在の円ドル為替レートは適正水準よりも円安である」という分析・主張は正しいのか?
藤沢数希氏はビッグマック指数と実質実効為替レートを根拠にしている。
しかしどちらも都合の良い解釈によって、ゆがんだ結論になっている。
サブプライムローン問題に端を発した金融危機の影響で、2008年以降の行き過ぎた円高トレンドが、2012年末からは円安トレンドに是正された」という見方が常識的だろう。*1

ビックマック指数は読者をミスリードさせる罠

そもそもビックマック指数は、為替相場の適正水準を示す購買力平価説をわかりやすく説明するためのアイデアに過ぎない。
ビックマック指数から「今は過剰な円安」と主張するのはペテン。
たとえばスタバのコーヒーで円ドルレートを計算すると、ビッグマックと真逆の結果になる。*2
ビックマック指数やスターバックス指数から導けるのは、「日本はビッグマックが安くて、スタバが高すぎ」という取るに足りない事実だけ。
ビッグマックの枕話が、読者のミスリードを誘う仕掛けになっている。

ビッグマックから計算すると、円は現在の為替レートよりももっと高くなってしかるべきなのだ。つまり、円の水準はすでに安すぎるといえる。

現在の円安は行き過ぎである : アゴラ - ライブドアブログ

つまり、ビッグマックから見ると、円は現在の為替レートよりももっと高くなってしかるべきで、最近の円安は行きすぎであるといえるのだ。

ビッグマックで換算すれば「現在は円安すぎる」 | 日刊SPA!

恥ずかしげもなく、よくこんなことを書けるなあ。

日銀の実質実効為替レートの落とし穴

藤沢数希氏が一番の根拠としている日銀の実質実効為替レートには落とし穴がある。
日本のデフレの影響を正しく反映していないのだ。
だから実質実効為替レートが示す適正水準は円高気味になる。
(つまり、本来の適正水準はもっと円安であるべき)
ビッグマック指数よりマシだが、実質実効為替レートだけではアテにならない。

この実質実効為替レート指数で見ると、円は実は過去20年間の平均と比べてまだ安いのだ。1994年頃が異常な円高であり、そして、2005〜07年頃が異常な円安であったと考えられる。そうすると、リーマン・ショック以降の為替の動きは、この異常な円安が是正された過程だとも考えられるのだ。そして、物価の変動を考慮すると、この2ヶ月間の円安方向への急激な動きは、異常な円高が是正されているプロセスではなく、もともと適正水準からやや円安であった水準から、大きく円安方向に動いたと理解できる。

現在の円安は行き過ぎである : アゴラ - ライブドアブログ

この実質実効為替レート指数で見ると、円は実は過去20年間の平均と比べてまだ安いことがわかる。’94年頃は異常な円高であった。そして、’05〜’07年頃が異常な円安で、リーマン・ショック以降の為替の動きは、この異常な円安が是正される過程だとも考えられるのだ。もちろん為替レートはさまざまな要因で動くので、これから円が元に戻っていくかどうかはわからない。しかし、少なくともこの2か月間の円安方向への急激な動きは、異常な円高が是正されているプロセスではない、ということは知っておくべきだろう。

最近の円安には警戒が必要 | 日刊SPA!

こんないい加減なことを書いて、何の得になるのだろうか・・・

解説

「$1=\80」のような名目レートから、デフレ/インフレといった物価の影響を調整したものが実質レート。
実質レートは大変便利だが、
どのデフレーター(デフレっぷりを表すデータ)を使って調整するか(実質化)によって、結果が異なるという問題点がある。
日本銀行は「みんな使っているから」という理由でCPI(消費者物価指数)というデフレーターを使って実質レートを算出している。
CPIは日本の長期的なデフレ傾向を過小評価しているので、実質実効為替レートが示す適正レートは円高気味になる。

参考

実質化に気をつけろ系のお話。
為替レートと相対価格 : アゴラ - ライブドアブログ
実質実効為替レートの計算② - 勉強日記

生産者物価指数を基準に適正水準を算出したケース
日本総研 アベノミクスへの期待とドル円相場

GDPデフレーターを使って適正水準を考察
円の実質実効為替相場にだまされるな

消費者物価指数(Consumer Price Index, CPI)と生産者物価指数(Producer Price Index,PPI)
消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)から見る経済構造の変化 : 富士通総研
消費者物価指数、国内企業物価指数、GDPデフレーターの違い
経済インタビュー 物価指数から読み解く日本経済の動向 | INTERVIEW | Marunouchi.com

日銀はCPIをデフレーターに使うBIS基準の問題点をきちんと述べている。

消費者物価指数については、対外競争力とは直接関係しない非貿易財を多く含むという問題がある。
こうした観点からは、輸出入物価指数や国内企業物価指数を用いた方が優れているということとなり、
現に、日本銀行が計算していた実質実効為替レートも、国内企業物価指数をもとにしていた。
ただし、輸出入物価指数や国内企業物価指数は、国際的な統計作成の標準化が消費者物価指数ほどには進んでいないうえ、
一部の国では利用可能ではないといった問題がある。
このため、現状、国際機関での計算では、輸出入物価指数や国内企業物価指数をデフレーターに用いることはない。
・・・
そもそも実質実効為替レートは個別品目の競合関係をあらわすものではないうえ、
どの実質実効為替レートにも一長一短があり、本来捉えたい対外競争力を正確には反映しきれていない。
多くの経済統計と同じように、実質実効為替レートの評価には、そうした限界があることを心にとめる必要はあろう。
・・・
図表 5 の実質実効為替レートでみると、2008 年央から方向として円高になっている点は同じであるが、
水準としては、1995 年頃と比べて、だいぶ低い。
これは、国内物価を海外物価と比較した相対比価が他国比割安となったことによる(図表 7)。
ただし、こうした長期の水準比較には、以下に述べるように多くの留意点がある。
・・・
第一に、単純な水準比較では、上でみたような2008 年からの急激な円高といった、
変化の大きさを見落としてしまうことである。
水準の如何を問わず短期間に急激に円高が進んでしまうと、企業の対応に大きな負荷をかけることになる。
・・・
現在日本銀行が用いているBISベースの実質実効為替レートは、
重要な要件を比較的よく備えているといえる。
しかし、実質実効為替レートを用いて競争環境を過去と比較する際には、
単純に水準の高低を比べるのみならず、急激な変化の有無、経済情勢の違い、自国及び競合国の経済構造の変化、推計誤差などにも留意する必要がある。

日銀レビュー 実質実効為替レートについて

BIS基準を採用する以前は日本銀行もCPI以外のデフレーターを使っていた。
「旧実効為替レート(名目・実質)」の解説 :日本銀行 Bank of Japan

CPIは長期的なデフレをきちんと反映できない。

消費者物価指数はデフレの度合いを正しく表しているか?
現在公表されている消費者物価指数(CPI)は、わが国のデフレの度合いを適切
に表す指標とはなっていない。なぜなら、CPIを、より現実を正しく反映すると考
えられる国民所得統計の個人消費デフレータと比較してみると、かつては大体同じよ
うに変化していたが、ここ 3、4 年はかい離幅が年を追うごとに拡大し、個人消費デ
フレータの下落率に比べてCPIの下落率は小さなものに止まっているからである。
本項では「ほとんど知られていない現行CPIの問題点」を整理してみた。

http://www.kyotobank.co.jp/houjin/report/pdf/topics201212.pdf

グラフ資料
図録▽円の対ドル・対ユーロ為替レートの推移

藤沢数希氏はウソつきか?

為替レートの適正水準を「これが正しい!」と決めることは難しい。
絶対の正解がないので、実質実効為替レートを根拠に「過剰な円安!もっと円高にすべし!」という意見が出てるのも理解できる。
しかし金融関係者ならデフレーターの問題など百も承知しているはず。
それなのにデフレーターについては一切コメントせず、都合の良いデータだけを選んで「円安は行き過ぎ」という主張を繰り返している。
藤沢数希氏は「円高アジテーター」だといわざるを得ない。
恋愛工学の鋭い指摘が多いだけに、とても残念だ。

アルファブロガーとはいえ、個人の発言で為替相場が動くわけもないのに、
なぜポジショントーク(円高アジ)をするのだろうか?
次の記事では、金銭的インセンティブと経済思想の2つの観点からその理由を予想してみる。

補足

藤沢 数希氏について

著書のプロフィールより。

藤沢 数希
国内の某大学理数系学科を卒業後、欧米の研究機関にて計算科学の分野で博士号を取得。世界的なジャーナルに多数の学術論文が掲載される。欧米の大学院でしばらく教鞭についた後、某外資投資銀行クオンツとして就職。現在、国内外のヘッジファンド等のクライアントや社内のトレーダーのために、金融工学を駆使した計量モデルの研究・開発に従事している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

なぜ投資のプロはサルに負けるのか?― あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方
クオンツについて

クオンツとは、高度な数学的手法を駆使する金融専門職の通称。文系出身者が多い普通のアナリストと区別される。

A quantitative analyst is a person who works in finance using numerical or quantitative techniques. Similar work is done in most other modern industries, but the work is not always called quantitative analysis. In the investment industry, people who perform quantitative analysis are frequently called quants.

Quantitative analyst - Wikipedia, the free encyclopedia

*1:ただ最近の急激な円安トレンドは期待先行の要素が強いと思う。

*2:[http://www.economist.com/node/2361072:title]